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2007/02/07

勘とは

「脳」の「考える」仕組みって?

―科学的な思考遊戯―

<本日のテーマ> 「勘とは」

(1)家内に「貴方は考えるから勘が鈍いのよ」と言われてしまった。日頃、「勘が鈍い」と言われ放し、自他共にそれを認める形で時が過ぎた。ところが昨日、「考えるから‐‐」と言われて、「考えることに生き甲斐」を持とうという小生にとっては強烈な衝撃であった。そこで「勘とは何か」について考えることにした。益々勘が鈍くなるかも知れないのに?

(2)家族そろってアメリカに駐在したとき、アメリカ人と会話していて、あまり英語ができない筈の家内は1語でも単語が分かると相手の言っていることが理解できるらしく、そうねという顔をしている。ところが、こちらは単語が1語でも分からないと分かった気がしない。聞き返して確認しないと不安が消えない。これは典型的な「勘の鋭さ/鈍さ」の事例である。

(3)「勘が働く」とは、直感が利くことであり、物事の真相を直ちに感じ知ること(広辞苑)である。先の例で言えば、全部を理解できなくても、大体こんなことを言っているのだなと分かることである。分かった気になるから表情が和らぎ、相手も満足する。

(4)ところが、正確に分かろうとする人は、1語でも分からないと、そこで思考がつかえてしまう。全部が分からなくても肝心のことが分かればよいと気づいても、こういうことを言っているのですかと直接確認したり、別の言葉でそれらしいことを言って、相手にもう一度言わせることを試みる。そんなことをしなくても、相手は、こちらの表情を見て分かっていないなと気づいて、再度説明してくれるかも知れないのに。

(5)この差が、性格によるものだとすると、勘の鋭い人は「アバウト」であり、勘の鈍い人は「パンクチャル」となる。では、家内はアバウトかというと正反対だから、性格の差ではない。

(6)ただ、性別の差はあるかも知れない。女性は、近所付き合いが多く、子育てや無口で外で何をやっているか分からない夫を相手の生活では、勘を鋭くしないと生きていけない。男性は、職場ではいい加減な仕事はできないから、勘より正確さが求められる。このような生活環境の差は大いに影響しそうである。女性は感性に長け(右脳型)、男性は論理に長けて(左脳型)いるということも関係ありそうである。

(7)「勘が働く」とは、日頃のいろいろな「情報」(言葉、感情、状況、現象、機  

 能、効用  など)が関係付けられて脳内に蓄積(記憶野)され、五感入力に適  

 応して「連想」(思考野)が働くことである。その連想により得られる知覚が

 「勘」である。このことは、関心を広く持ち、五感入力に即応して連想を働かせ

 る、更に、事象や状態の変化や進展を予測し実際の状況と比較・学習する行為が 

 多いほど勘が鋭くなることを意味する。

(8)そう考えると、女性は生活の過程で自然にこのような訓練を積んでいるのではないだろうか。だから、意識せずに勘が磨かれていると考えたい。一方、男性の方は職業柄、どちらかと言うと広く浅く(水平方向)というより狭く深く(垂直方向)の傾向があり、しかも、そのスキルのレベルに関心が向く。だから、意識しないと勘は中々磨けない。

(9)以上の考察では、「考えるから勘が鈍い」の直接の答えにはなっていない。そこで、「考える」ということと「勘が鈍い」の関係について考えてみる。

 ・次のような例がある。TVを見ながら夫婦で会話をしている。ある話題で話をしていたら、妻がある言葉を発した。夫の方は話題の延長と考えて応えようとしたが、関係が掴めずに黙っていたら、応答がないのに苛立った妻が説明を始めた。そこで夫は、TVに出ていた新たな話題に切り替わっていることに気がついて、コトの事情を説明した。そこですかさず妻は、例の「勘が悪いわね」「どこ見ていたの」という言葉を発した。

 ・考える夫は、あることを考え始めたら、そのことに拘って答えを見つけ出そうとする。この拘りは、考えても分からないという諦めか、或いは、より強い関心が別ものに向かない限り緩むことはない。従って、その時に何か言われると、先ず、垂直方向に考えが行く。別の話題なんだけどという前置きがないと、拘りは容易に解けない。然し、妻の方は、一緒に同じTVを見ているのだから、関心はその画面の上にあると考えて前置きを省いているのであろう。女性同士がTVを見ながら話をしていたら、多分、前置きは要らないに違いない。

 ・この例は「勘の良し悪し」を直接説明するのに適していないが、「考える」人の傾向は出ている。次に、これを脳のメカニズムから説明してみる。

 ・ある話題に関する思考部位が活性化されている。そのとき、聴覚を通してある言語が入力され、コンテンツアドレッシングが開始される。一般には、全記憶野に対しコンテンツアドレッシングされるから、記憶している全関連情報が検索される。然し、この場合、話題切り替えの情報がないので、現話題の思考における関連割り込みと判断し、現思考部位とリンクした記憶野のコンテンツアドレッシングに限定する(論理和)と考えてよい。

 ・このメカニズムは、「考える」ということと「勘が鈍い」こととの間の関係について、一面を示している。即ち、「勘が働く」ことは無意識とはいえ「考え」なければ不可能である。従って、「考えるから勘が鈍い」ということは普遍的に成立するわけではない。

・ただ、先の拘束が解ければ、その言語に関するコンテンツアドレッシングは無意識の状態で継続しているので検索されると割り込みがかかり、意識状態に戻される。即ち、ああそういうことかと分かることになる。そのときには、妻の方は、とっくの昔忘れてしまっているので黙っているのがよい。言えば馬鹿にされるだけである。

以上

次回は「透視術」(12)です。

2/7/07  〔量子〕

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